溶液の巨視的な性質を議論する際に重要となる熱力学的状態量のひとつが、溶媒和自由エネルギーである。All-atomやそれに準ずるレベルの力場ポテンシャルに基づいて溶媒和自由エネルギーを求めることは、統計力学における問題のひとつと言えるだろう。溶媒和自由エネルギーを求める際には Kirkwood charging formulaが便利であるが、そこで必要となる分布関数をどのように求めるかが鍵である(溶媒和自由エネルギーの精度にも大きく影響する)。分布関数を求めるための理論として、本講義ではOrnstein-Zernike積分方程式理論(OZ理論)を考える。OZ理論を分子性液体用に拡張したもののひとつが3D-RISM理論である。3D-RISM理論では中性溶質分子の水和自由エネルギーが過大評価されること、及びその主要因はLennard- Jones(LJ)項の誤差にあることがこれまでに明らかとされてきた。
本講義ではまず、溶媒和自由エネルギーへのLJ項からの寄与に見られる誤差が、分布関数のどの部分に由来するかを説明する。その後、分布関数の補正方法を検討する。これはブリッジ補正と呼ばれる考え方に基づくものではあるが、我々のグループではあえて過去に提案されたブリッジ関数を採用せず、LJポテンシャルのσパラメータを見かけ上大きくするかのようなブリッジ関数(以下、SEB関数)を採用した。ブリッジ補正の研究者から見ればSEB関数は荒唐無稽とも言えそうなものであるが、意図的にこのような選択をすることで逆に溶媒和自由エネルギーの誤差の本質を浮かび上がらせたい(あるいは溶媒和自由エネルギー高精度化のためには何が重要で何が重要でないか、この双方を浮かび上がらせたい)と思っている。また後半では、単原子溶質に対するSEB関数から、どのようにして多原子溶質用のSEB関数を構築するかを議論していきたいと思う。
本講義では、私共が最近提案したReference-modified density functional theory (RMDFT)による溶媒和自由エネルギー計算法について解説します。まずはじめに研究背景として、私の立場から見た分子性液体の積分方程式にまつわる当時の状況を概観し、RMDFTに至る過程を説明します。次に、相互作用点モデルによるDFTの一般論を解説し、RMDFTに基づく自由エネルギー汎関数の定式化を示し、最終的に溶媒和自由エネルギー式を導きます。
最後に実験や分子シミュレーションならびにその他の計算手法とRMDFTによる計算結果の比較を示し、時間があれば今後の展望を述べます。